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教員リレーエッセイ第10回『長野の車窓からみえてくるもの』


【はじめに 】
 皆さんは、鉄道に乗ったこと、ありますよね?
 もしかすると毎日の通学で使っているかもしれませんし、あるいは、家族旅行で使ったという人もいるでしょう。鉄道は多くの人にとって身近な交通機関ですが、地方では特に利用者の減少などによってその存続が危ぶまれています。私はいわゆる乗り鉄、あるいは呑み鉄と言われる部類の人間ですが、たまたま鉄道のネットワーク維持が重要であるという趣旨の論説記事を新聞に書いたことなどもあって、国土交通省の「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会(第2期)」の委員に任命されました。この検討会議では、鉄道政策、特に地方鉄道の在り方について喧々諤々の議論が繰り広げられました。
 人口減少社会の中で、特に地方における持続可能な交通体系のあり方が課題となっています。議論に際しては、現場を見ずして語ることなかれ、ということを自身のモットーにしていることもあり、日夜、地方の利用者数が少ない鉄道に乗り込み、鉄道や地域社会の実情を隈なく観察しています。
【小海線の車窓から】
 小海線は小諸駅と山梨県の小淵沢駅を結ぶ高原鉄道で、JRの路線の中では最も標高の高いところを走っています。早い時間帯の混雑状況を観察しようと佐久平駅6時59分発の小淵沢駅行きの普通列車に乗った際、奇妙な光景を目撃しました。数人のランドセルを背負った小学生がすでに乗っていたのです。私はてっきり学校の行事があるのかな、と思っていました。小海方面の高校に通う学生はそれなりにいたこともあり、車内は結構混んでいました。列車が停車するにつれて、乗り込んでくる小学生の数も増え、やはりこれは校外学習で出かけるのかな、それにしても担任の先生は乗っていないのかなと不思議に思っていました。しかし、列車が佐久市内を過ぎても多くの小学生が乗っているので、どうも事情が違うのではと思い、スマホで検索してみると隣町の佐久穂町に私立の小学校があることに気づきました。つまり小諸や佐久方面からこの小学校に通学する生徒たちだったのです。

小海線の車内

 ここまでの記述に留まれば、一旅人の随想ということになりますが、研究者たるものはこれで終わりにしてはいけません。そもそも私立の小学校はどれだけあるのか、文部科学省が毎年実施している学校基本調査を長期にわたって調べるとともに、私立小学校について研究している論文などを国立国会図書館の蔵書検索などによって調べてみました。すると興味深い事実が明らかとなったのです。
 2025年現在の小学校・義務教育学校の数は全国で18,868校、そのうち私立小学校は251校、全体のわずか1%強にすぎません。おそらく多くの人は東京など大都市部に、それも小学校から大学まで一貫したいわゆるエスカレーター式の学校がほとんどと思うかもしれません。また、私も調べるまではそのように思っていましたが、実際にはちょっと違っていました。データをきっちりと調べることはやはり大切なことなのです。ちなみに明治初期には東京では道路などのインフラ整備が急務で教育にまで行政が手が十分回らず、それを補完するために多くの私塾、つまり私立の小学校が開設されたというエピソードもありました。
 私立小学校の分布をみると確かに首都圏や関西圏に多いですが、長野県にも10校、これは地方部では福岡県や広島県と同数で、愛知県や埼玉県よりも多くなっています。しかも2004年までは長野県には1校もありませんでした。ここ20年ほどの間で県内の各地で相次いで誕生したということが分かります。

都道府県別私立小学校・義務教育学校の推移

 10校のホームページをみると、どこも特徴的、個性的な教育を提供することをセールスポイントとしています。私立小学校の存在が、移住の人気に関して長野県が全国トップクラスとなっている一因なのかもしれません。一方、学費をみると概ね国公立大学を凌いでいて、中には倍以上のところもあります。ここからも個人や地域の経済格差が拡大している状況が見受けられます。
【飯田線の車窓から】
 飯田線は愛知県の豊橋駅と辰野町の辰野駅を結ぶJR東海の路線です。ちなみに長野県は全国で唯一、JRの3社の路線が入り組む県となっています。いわゆる秘境駅が数多くあるなど鉄道マニアにとっては憧れの路線ですが、利用者の減少は大きな課題となっています。また、飯田線沿線のいわゆる南信州地域からは、長野市はもちろんのこと、東京や名古屋までに行くのに長い時間がかかり、陸の孤島のような状況が長らく続いています。

秘境駅の小和田駅

 しかし、ピンチはチャンス、という言葉があるように、2030年代にリニア中央新幹線が開通すれば、駅ができる飯田市から品川駅には45分ほどで、名古屋駅には25分ほどで行くことができます。これまでの所要時間が5分の1以下となり、東京や名古屋への通勤・通学も可能となります。
 先日、秘境駅をみるために飯田線に乗っていた際、スマホの地図で周辺の状況を調べていました。少し離れたところに青崩峠があり、三遠南信高速道路が建設中となっています。ここのトンネルの長さは4998m、実はこの長さには大きな意味があるのです。道路法の規定によれば、5㎞以上のトンネルではタンクローリーなどの通行を禁止することができるとされています。逆に言えば、5㎞未満だとそのような規制もなく通行が可能になるということです。この高速道路が全線開通すれば、南信州は浜松方面と直結し、ガソリンの運搬も容易になります。これによって、日本一ガソリンが高いとも酷評されている長野県の状況が変わるかもしれません。新幹線の開通とともに高速道路の延伸は南信州の状況を一変させるでしょう。
【篠ノ井線・大糸線の車窓から】
 日本各地に様々な企画列車が週末などにかけて運行されています。長野県内にもいくつかありますが、その中で一番のお気に入りがリゾートビューふるさとです。これは長野駅から松本駅、穂高駅、白馬駅などを経て南小谷駅までを結ぶ2両編成の列車で、姨捨駅からの車窓は日本三大車窓の一つとされています。ちなみに他の二つのうち一つは廃線となり、もう一つは災害のために運休しているので、日本で唯一の存在となっています。

リゾートビューふるさとの車内

 眼下に広がる善光寺平の光景は素晴らしいものがありますが、車窓から見えてくる北アルプスや仁科三湖の風景はまさに絶景といっていいものです。以前、スイスの山岳鉄道に乗ったことがありますが、その光景はどちらかというと大自然の荒々しさに圧倒されるというものでした。リゾートビューふるさとからの光景は、自然の荒々しさだけでなく、農業などそこで暮らす人々の日々の営みが感じられる、より人間味に溢れたものなのです。

リゾートビューふるさとから撮った北アルプス

 一方、大糸線の南小谷駅から糸魚川駅までの区間はJR西日本の管轄となっていますが、この区間の利用者数は全国的にみても下位に低迷し、その存廃が議論の俎上に上がっています。国鉄改革によって、鉄道会社が複数に分かれ、ほとんどの企画列車は管轄区域内にとどまっているため、リゾートビューふるさとも南小谷駅止まりとなっています。もう少し広域的な活用が図られれば利用者の増にもつながるのではとの期待もありますが、まずは地元の人々が利用しないことには地方鉄道の未来はないのかもしれません。
【長野駅から】
 北陸新幹線を長野駅で下車すると最初に耳に入ってくるものは何でしょうか?
正解は県歌、信濃の国のフレーズを使ったチャイムです。生粋の長野県民でない私にとって、県民の多くが信濃の国の1番は歌えるという事実は衝撃的でした。調べてみると44都道府県に県歌、県民歌が制定されていますが、ここまで親しまれている県は長野県だけです。
 しかし、その背後にある様々な歴史は地方自治を専門にする私にとっては格好の研究材料であり、拙著でも長野市と松本市のライバル関係や分権ならぬ分県運動が長年続いていたことを書かせてもらいました。日本銀行の支店や国立大学の本部が県庁所在市ではなく松本市にあるということや地元テレビ局のニュース番組や国立大学の名前が長野ではなく信州が用いられているということも、長年の地域間の対立と深い関係があるのではないでしょうか。
 もちろん、地域間の対立やライバル関係というのは決して長野県だけにある話ではありません。近県の静岡県や群馬県などでも同じような話はよく聞きますが、長野県という県名を使うことが意識的に避けられているようなことはさすがにありません。信濃の国の歌詞にも決して長野という名前は出てきません。ちなみに松本という名前は1番に使われています。

長野駅から槍ヶ岳を望む

 長野駅のホームや2階の窓から、実は槍ヶ岳を望むことができます。もちろん、快晴で、かつ、相当空気が澄んでいるなどの条件を満たせばということですが、このことを知る人は必ずしも多くはありません。ちなみに、長野県立大学からは日本百名山の一つ、常念岳を見ることができますし、このほか、四阿山や志賀高原の横手山、少し北に歩けば大きな山体の飯綱山も仰ぎ見ることができます。

長野県立大学から常念岳、蝶ヶ岳を望む

【おわりに】
 研究には論文や著書などを読むことはもちろん重要ですが、地域社会をフィールドとしている身としては、まずは現場をみることを最優先にしています。百聞は一見に如かず、です。でも、現場をみただけで終わらせてはいけません。現場で見たこと、聞いたことをさらに深堀するために、様々なデータを集め、できるだけ客観的な分析を進めることも欠かすことができません。DXの時代、そしてデータサイエンスの時代とも言われる今日、データを使いこなす力も必要ですが、一方でデータの罠を見抜く力、すなわちデータ・リテラシーも必須のものとなります。
 イノベーションということが様々なところで求められていますが、何もないところからは何もうまれない、つまり無から有はうまれないと思っています。イノベーションを生むためには様々なことが必要となるでしょうが、少なくとも現場力とデータ力は不可欠ではないでしょうか。
 長野県にはイノベーションの種、すなわち、多様な現場が数多くあります。その種を芽吹かせ、育て、そして花開かせていくのは容易なことではないでしょうが、長野での学びはきっと多くの糧を皆さんに与えてくれるものと確信しています。

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【筆者】
田村 秀 教授

東京大学工学部卒業 国際基督教大学博士(学術)
専門は行政学、公共政策、地方自治
新潟大学法学部教授、法学部長などを経て現職


【学んだ専門用語】
言語学、アクセント(ピッチアクセントとストレスアクセント)

【高校生・大学生のためのブックガイド】
伊藤たかね(2023)『ことばを科学する』朝倉書店
大津由紀雄(1996)『探検!ことばの世界』NHK出版
畠山雄二編(2016)『徹底比較 日本語文法と英文法』くろしお出版
川原繁人(2017)『「あ」は「い」より大きい!?』ひつじ書房
井上逸兵・堀田隆一(2025)『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』ナツメ社
町田章(2025)『AI時代になぜ英語を学ぶのか』文藝春秋