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教員リレーエッセイ第9回「言語とは?」


 私の専門は「言語学」です。長野県立大学には言語学を専門として学ぶ学部・学科がないので、普段は主に英語の授業を担当しながら、総合教育(一般教養)科目として「言語学Ⅱ」という授業を開講しています。
 みなさんは「言語学」という学問を知っていますか?言語学が専門だと言うと、「いろんな言語が話せるんですか?」のように誤解されることがよくあります。ですが、言語学の研究と外国語の学習はまったく別物で、言語学を研究すると外国語が話せるようになるということはありません。では、言語学とはいったいどんな学問なのでしょうか?一言で言うと、言語学は人間のことばの仕組みを明らかにすることを目指す学問です。「ことばの仕組み」といっても漠然としていてわかりにくいと思いますので、1つ具体的な例をみてみましょう。言語学では、日本語や英語を含むあらゆる言語を対象に、音声や文法や意味などことばのさまざまな側面を研究しますが、今回は身近な日本語の音声に関する例を取り上げます。
 まず、「長野(ながの)」という単語を、音の高さの変化を意識しながら声に出してみてください。地域差や世代差はありますが、「標準的」とされる発音(東京方言)では、「な」が高く発音されて、「が」のところで低くなります。このように、日本語では音の高さが変化(高→低)する位置が単語ごとに決まっていて、これを単語の「アクセント」と呼びます。「雨」と「飴」のように、アクセントの違いだけで区別される単語もたくさんあります。「アクセント」という用語は、英語の授業では単語の「強く」発音する位置のことを指しますね。つまり、単語のアクセントに関して、日本語は高さ(ピッチアクセント)、英語は強さ(ストレスアクセント)という異なる「仕組み」をもっているのです。
 さて、今度は「長野市」や「長野県」を声に出してみましょう。さきほどの「長野」とのアクセント(音の高低)の違いが感じられるでしょうか?「長野」とは反対に、「な」が低く、「がの」が高く発音されて、「市」や「県」で低くなっているはずです。これらの例から考えると、「何か(「市」や「県」)がくっつくと、その直前にアクセント(高→低の変化)がくる」という仕組みがありそうです。しかし、さらに例をみてみると、アクセントの仕組みはもうちょっと複雑です。たとえば、「長野犬(ながのけん)」という架空の犬種はどんな発音になるでしょうか?おそらく、「長野県」とは違うアクセントで発音する人が多いと思います。同じように、人名の「長野さん」と、野菜などの産地を表す「長野産」と、架空の山の名前の「長野山(ながのさん)」は、3つともアクセントが異なるはずです。このような単語の後ろにくっつくものによるアクセントの変化について、これまでの言語学の研究でその「仕組み」が明らかになっています。ここではあえてその答えを解説しませんので、気になる人はぜひいろんな例を声に出しながら考えてみてください。
 このように、人間の言語は音声や文法に関する非常に複雑な仕組みをもっていますが、普段ことばを使用する上で、私たちがこうした仕組みを意識することはほとんどありません。たとえば、さきほどの日本語のアクセントについて、どんな仕組みになっているのか説明することはできなくても、母語話者なら誰もが無意識に正しく発音し分けることができます。さらに不思議なことに、「長野県」のような今までに聞いたことがある単語だけでなく、「長野犬」や「長野山」のような今まで聞いたことがないはずの単語も、自然と「正しく」発音することができるのです。このことから、私たちは単に経験によって1つ1つの単語のアクセントを記憶しているだけでなく、ルールに基づいてアクセントの位置を決めていると考えられます。こうした脳内に存在することばの仕組み、そしてそれがどのようにして獲得されるのかを明らかにすることが言語学の目標です。

 ここまで読んで、「無意識にことばを使いこなせているのだから、わざわざその仕組みを研究する意味ある?」と疑問に感じた人もいるかもしれません。確かに、日々の生活に直接役に立つかという観点からはもっともな疑問だと思いますが、言語学研究者の多くは、「自分たち人間が使っていることばについてもっと知りたい」という知的好奇心から研究を続けています。ことばは人間にとって極めて重要なものですから、ことばについて知ることは、人間という存在について理解を深めることにもつながるはずです。ことばの仕組みに関してまだまだよくわかっていないことがたくさんありますが、1つ1つの小さな発見の積み重ねによって、人間の言語能力の解明という壮大な目標に少しずつ近づいていくことを目指しています。
 以上、「言語学」という学問について一般的な(ありきたりな)紹介文を書いてきましたが、せっかくのエッセイなので最後にちょっとだけ、言語学を専門とする英語教員としての個人的な想いを書かせてもらいたいと思います。私は、よく耳にする「英語(言語)はコミュニケーションのためのツール(道具)」という言葉が好きではありません。コミュニケーションにおいて言語が使用されることは言うまでもない事実ですが、「単なるツールにすぎない」とか「使えなかったら意味がない」とか言われたりすると、自分の大切なものをディスられているような気がしてイラっとします。「単なるツール」として使うだけなら、AIを利用したほうがよっぽど効率的で、英語学習に果てしない時間と労力を注ぎ込む必要はないはずです。それでも、電卓やExcelといった便利なツールが普及しても数学を学ぶ意義が失われることがないのと同じように、英語(言語)を学ぶということにも、AIがどんなに進化しても決して失われることのない大切な何かがあると信じています。その「何か」とはいったい何なのか、今はまだはっきりと言葉にすることができないのですが、日々の研究や教育において常にその答えを探し求めていきたいと思っています。

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【筆者】
中島 基樹 准教授

東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学 修士(文学)
専門は言語学(統語論・言語獲得)
明治学院大学非常勤講師、長野県短期大学助教を経て現職

【学んだ専門用語】
言語学、アクセント(ピッチアクセントとストレスアクセント)

【高校生・大学生のためのブックガイド】
伊藤たかね(2023)『ことばを科学する』朝倉書店
大津由紀雄(1996)『探検!ことばの世界』NHK出版
畠山雄二編(2016)『徹底比較 日本語文法と英文法』くろしお出版
川原繁人(2017)『「あ」は「い」より大きい!?』ひつじ書房
井上逸兵・堀田隆一(2025)『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』ナツメ社
町田章(2025)『AI時代になぜ英語を学ぶのか』文藝春秋