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「問うことを学び直す――思考科目を充実させた理由」神戸 和佳子准教授


ソーシャル・イノベーション研究科准教授 神戸 和佳子
思考科目の多いMBA?
長野県立大学ソーシャル・イノベーション研究科のカリキュラムには、「思考科目」という科目群が充実しています。他の多くのMBA課程でも「ロジカル・シンキング」などは扱われていますが、本研究科では、哲学思考、システム思考、アート思考、身体性思考、セルフマネジメントなど、さまざまな切り口から思考に向き合います。これほど多様な思考系の科目を置いているプログラムは、全国的にも(もしかしたら世界的にも)珍しいかもしれません。
では、なぜこの研究科では、「思考」をこれほど重視しているのでしょうか。その背景には、私たちが向き合う組織や地域、社会の課題が、単純な知識やノウハウを身につけるだけでは乗り越えられないほど、複雑化している現実があります。
越境し、対話し、協働する人が求められている
いま、地域や組織には、一つの分野の知見だけ、特定の立場の論理だけでは解決できない課題が山積しています。だからこそ、自分の専門や組織の枠を越えて、異なる価値観や背景をもつ人々と議論し、互いの立場をつなぐことのできる人が必要とされています。
こうしたときには、単に異なる分野を知るというだけでなく、多様なステイクホルダーが関わる中で、充実した対話や協調的な交渉を積み重ね、より良いものを共に創造していくことが求められます。その際に欠かせないのが、問う力や聴く力、そして、誰にでも届く言葉で語れる力です。また、前例のない状況に対応し、新たなアイデアを構想する創造性も不可欠です。「思考科目」で学ぶ姿勢やスキルは、こうした協働と越境の場で真価を発揮すると言えるでしょう。
高い倫理感覚と、未整備の領域を切り拓く力
同時に、現代社会では、以前よりもずっと高い倫理感覚が求められています。というのも、AIの活用やSNSの普及など、制度や法律が追いついていない社会的課題が数多くあるからです。地域社会の課題解決なども同様です。法律や条例にさえ反しなければ何をしても許されるというのではなく、「私たちはどのような規準で、何を善い/悪いと考えていて、どこに落とし所を見いだすのか」をみずから示す責任が、あらゆる組織に求められます。
こうした課題については、単に法律に従うだけではなく、自分たちでスタンダードを設定できるかどうかが、組織の信頼や持続可能性を大きく左右することになります。

「人それぞれ」、「よそはよそ、うちはうち」では、いまや片づけられない倫理的課題が多くあるからこそ、「善悪」や「正義」、「多様性の尊重」、「権利」、「責任」などの抽象的な概念を、自分の中で納得のいく形で捉え直し、他者とも共有可能な形で言葉にする力が必要です。SNS炎上対策ひとつとっても、過去の事例を知っているだけでは十分ではなく、次々に目の前に迫りくる正解のない状況に立ち向かうためのたしかな拠り所を自分の中に持っておくことが肝要です。
大人が「問い」を学び直すということ
立場を超えて対話し協働することや、倫理的な問題について粘り強く検討することは、大切だとはわかっていても、なかなか簡単ではありません。そのために、本研究科では「思考科目」でじっくり時間をとって、トレーニングを積んでいくというわけです。
シンプルな正解には簡単に辿り着けない時代だからこそ、必要なのは「問い続ける力」です。近年、学校教育も大きく変化し、子どもたちは、探究学習やアクティブラーニングなどを通じて、問いを立てる力を養う機会が増えています。一方、大人はどうでしょうか。
すでに大人になった方々は、自分の子ども時代には、あらかじめ決められた正解に辿り着くための教育を受けてきたと感じているかもしれません。そして、社会に出てからは、目の前の課題に迅速に答えを出すことが評価され、立ち止まって問い直す時間を取るのは決して容易ではありません。だからこそ、大学院のような学び直しの場でこそ、問いを立て、考え続ける力を取り戻していただきたいのです。それは単に「良い問い」を立てる技術を身につけることではなく、むしろ、大人になる過程で身につけてきた(余計な)防御を少しずつ外し、違和感をなかったことにせずに言葉にする力を養うことに、近いのかもしれません。

学び直しの場では「アンラーニング」が大切と言われますが、アップデートの前には、これまでに身につけてきたメガネを外してみること、鎧を捨ててみることが必要となります。本研究科はそのために、評価にさらされずに安心して考えられる場と、自分とは異なる視点をもった多様な仲間が得られることを、大切にしています。
哲学思考という授業で見えてくる変化

自然の中での哲学対話

私の担当する哲学系の科目では、問いを立てる過程を特に大切にしています。印象的なのは、社会人院生の皆さんが授業の中で少しずつひらいていく様子です。答えを出すモードから、違和感を無視せず立ち止まり、言葉にし、次第に、自由に問いかけるモードに切り替わっていきます。
この授業を受けて、「ずっと心の中ではおかしいと感じていたが、自分の方がおかしいのかもしれないと思い、黙っていた。それを、根拠や理由をもって言葉にできるようになった」と話す方もいらっしゃいました。また、「家庭内でパートナーや子どもと話し合う時間を持てるようになった」「同僚や友人に「お前の話は何を言いたいのかわからない」と言われてきたが、最近は「要点がわかりやすい」と言ってもらえるようになった」といった声もありました。問いをもつこと、互いに問いかけ合うことは、仕事の場だけではなく組織の外でも、日常の人間関係を変えていくのだとあらためて感じています。
言葉にすることから始める
思考科目の担当教員としてお伝えしたいのは、内省する時間の大切さや、言葉にして残すことの意義です。問いは、頭の中で思い浮かべるだけでは、すぐに形を失ってしまいます。仲間に話してみる、声に出してみる、ノートに書き留めてみる――そうした営みの積み重ねが、問いを育てます。
また、言葉だけでなく、身体感覚や場の雰囲気も、問いを支えるために重要です。互いに安心できる空気や、思考が開放されるような環境があってこそ、素直な違和感を口に出せたり、思いもよらない新たなアイデアを生み出せたりします。
違和感を言葉にすることから逃げないこと。問われることを怖がらずに面白がること。問いを立てたら、なにか答えを掴むまで粘り強く考え、探究をやめないこと。そうした姿勢を、共に学びながら、育んでいけたらと願っています。
迷っているあなたへ
思考科目に魅力を感じてこの大学院を志す方は、率直にいえば、あまり多くはないかもしれません。「哲学」といういかめしい言葉に身構えてしまう方も、きっといらっしゃるでしょう。でも、ちょっとモヤモヤした違和感がある、一度立ち止まってじっくり考えてみたいことがある、という方には、この大学院はきっと居場所になるはずです。私たちは「問いを持ってきてくださる方」を心から歓迎します。

【著者】
神戸 和佳子 准教授


研究者/「哲学対話」実践者。専門は哲学・教育学。自らの問いを起点に多様な他者とともに考える対話の実践と研究に取り組む。学校教育、企業・組織、地域社会、芸術分野など幅広い領域で哲学対話を実践。TV ドラマや演劇作品の倫理監修など、社会的に複雑な価値判断が求められる表現の現場にも関わる(NHK「虎に翼」ほか)。共著に『子どもの哲学』シリーズ(毎日新聞出版)など。