覚悟を持って、面白いほうへ。 内なる衝動に従う生き方としてのソーシャルイノベーション論
〈グローバルマネジメント学部 大室 悦賀 教授〉

長野県立大学が目指すソーシャルイノベーション。その実現には、理論と実践の両輪が欠かせません。本学には、地域に深く入り込むフィールドリサーチと、そこから得た知見を地域に還元する実践の双方に取り組む、個性豊かな教員が数多くいます。
一方で、教員が何を考え、どのような思いで研究や実践に向き合っているのかは、必ずしも見えやすいとは言えません。
そこで、教員に最も近い存在である長野県立大学生やソーシャル・イノベーション創出センターの地域コーディネーターが、各学部の教員に直接インタビューを行いました。地域と協働しながら、どのようなソーシャルイノベーションを生み出そうとしているのか。その取り組みと思いを、掘り下げていきます。
本記事では、長野県立大学大学院 ソーシャル・イノベーション研究科長の大室悦賀(おおむろ・のぶよし)教授のインタビューをお届けします。
インタビュー日:2026年1月9日
聞き手・書き手・編集:北埜 航太(長野県立大学 ソーシャル・イノベーション創出センター 地域コーディネーター)
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一方で、教員が何を考え、どのような思いで研究や実践に向き合っているのかは、必ずしも見えやすいとは言えません。
そこで、教員に最も近い存在である長野県立大学生やソーシャル・イノベーション創出センターの地域コーディネーターが、各学部の教員に直接インタビューを行いました。地域と協働しながら、どのようなソーシャルイノベーションを生み出そうとしているのか。その取り組みと思いを、掘り下げていきます。
本記事では、長野県立大学大学院 ソーシャル・イノベーション研究科長の大室悦賀(おおむろ・のぶよし)教授のインタビューをお届けします。
インタビュー日:2026年1月9日
聞き手・書き手・編集:北埜 航太(長野県立大学 ソーシャル・イノベーション創出センター 地域コーディネーター)
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「地域のために何かしたい」。その思いが強いほど、なぜか動けなくなる。関係者が増えるほど、言葉が整うほど、現場の熱が薄れていく。そんな違和感を抱えたことがある人は少なくないはずです。
ソーシャルイノベーションを専門とする大室悦賀(おおむろ・のぶよし)教授は、地域連携を「地域」という単位で語ることに、どこか慎重です。講演は得意ではない、むしろ好きじゃない。求められるのは“答え”ではなく、フレームの手前に戻るための問いだと言います。
今回のインタビューでは、長野県内外で高校のアントレプレナー教育に関わり、京都ではソーシャルイノベーションが「醸される」構想や場の設計に携わり、県立大のソーシャル・イノベーション創出センターの設立にも関わった大室教授に、地域と大学が一緒に動くときの勘所を聞きました。キーワードは、「地域ではなく、人を見ている」。そこから、未来の地域連携の輪郭が浮かび上がってきます。
ソーシャルイノベーションを専門とする大室悦賀(おおむろ・のぶよし)教授は、地域連携を「地域」という単位で語ることに、どこか慎重です。講演は得意ではない、むしろ好きじゃない。求められるのは“答え”ではなく、フレームの手前に戻るための問いだと言います。
今回のインタビューでは、長野県内外で高校のアントレプレナー教育に関わり、京都ではソーシャルイノベーションが「醸される」構想や場の設計に携わり、県立大のソーシャル・イノベーション創出センターの設立にも関わった大室教授に、地域と大学が一緒に動くときの勘所を聞きました。キーワードは、「地域ではなく、人を見ている」。そこから、未来の地域連携の輪郭が浮かび上がってきます。

「地域」より先に、「人が面白いかどうか」を見ている
──まず、大室先生が今どんな地域連携に関わっているのか、全体像から伺えますか?
うーん、僕自身はあんまり「地域」って感じではないんだよね。地域とか企業とか、そういう区切りはあまり持ってない。
関わっているのは、長野だと松川高校と長野西高校でにアントレプレナーシップ教育。あと、昨年度までは木曽青峰高校のアドバイザーや、カクイチさんや伊那谷財団さんにも呼んでいただいたり、県外だと、ミラツクとかオムロンさん、甲府での勉強会とか。みんなで探求し合う場は好きですね。昨日は京都の経営者たちと7時間ぶっ続けでしゃべってましたよ。
──7時間! すごいですね。いま関わられているプロジェクトに何か共通点はあるのでしょうか?
基本は人が面白いかどうか。誰から声がかかるか、それだけ。講演はあまり好きじゃない。講演しても、だいたい何もつながらないから。
「勉強させてください」だけだと、先生と生徒の関係になってしまって、そこで止まる。そうじゃなくて、本当に何かやりたい、変えたい、したいという“本気度”が感じられる人となら関わりたい。
うーん、僕自身はあんまり「地域」って感じではないんだよね。地域とか企業とか、そういう区切りはあまり持ってない。
関わっているのは、長野だと松川高校と長野西高校でにアントレプレナーシップ教育。あと、昨年度までは木曽青峰高校のアドバイザーや、カクイチさんや伊那谷財団さんにも呼んでいただいたり、県外だと、ミラツクとかオムロンさん、甲府での勉強会とか。みんなで探求し合う場は好きですね。昨日は京都の経営者たちと7時間ぶっ続けでしゃべってましたよ。
──7時間! すごいですね。いま関わられているプロジェクトに何か共通点はあるのでしょうか?
基本は人が面白いかどうか。誰から声がかかるか、それだけ。講演はあまり好きじゃない。講演しても、だいたい何もつながらないから。
「勉強させてください」だけだと、先生と生徒の関係になってしまって、そこで止まる。そうじゃなくて、本当に何かやりたい、変えたい、したいという“本気度”が感じられる人となら関わりたい。

京都の打ち合わせの合間にオンラインでのインタビューに応じてくださいました
──「何をしている人か」より、「どういう姿勢か」を見ている感じでしょうか?
そうだね。結局、面白い人は、こちらが望まなくても連絡が来る。「いま何を考えてるのか」「社会がどう映ってるのか」「ビジネスはどうなっていくのか」って、そういう話を聞きたい人が集まってくれる。それは地域だから、というより、たまたまその人がそこにいるというだけ。
──「哲学対話」のようなものをしたい人が大室先生を頼られるのかもしれませんね。
そういう風に僕を使って欲しいですね。答えではなく、問いそのものを一緒に探っていくような。
──僕も伊那谷財団の立場で大室先生をお迎えしましたが、具体的な何かの課題解決のために、大室先生をお呼びしたというよりも、問いそのものを一緒に探っていく、いつもの思考を疑い、揺さぶるような、思考を拡げる哲学対話的な時間になったなと思います。
そうだね。結局、面白い人は、こちらが望まなくても連絡が来る。「いま何を考えてるのか」「社会がどう映ってるのか」「ビジネスはどうなっていくのか」って、そういう話を聞きたい人が集まってくれる。それは地域だから、というより、たまたまその人がそこにいるというだけ。
──「哲学対話」のようなものをしたい人が大室先生を頼られるのかもしれませんね。
そういう風に僕を使って欲しいですね。答えではなく、問いそのものを一緒に探っていくような。
──僕も伊那谷財団の立場で大室先生をお迎えしましたが、具体的な何かの課題解決のために、大室先生をお呼びしたというよりも、問いそのものを一緒に探っていく、いつもの思考を疑い、揺さぶるような、思考を拡げる哲学対話的な時間になったなと思います。
アントレプレナー教育は「起業の授業」ではなく、「自己実現の力」を育むこと
──松川高校や長野西高校では、アントレプレナー教育に関わっていると聞きました。大室先生の言うアントレプレナーシップは、一般的な「起業」に近い概念なんでしょうか?
いや、起業することがアントレプレナーシップじゃないので。そもそもアントレプレナー教育のゴールを「起業家になること」と定義してない。フィンランドなんかは小学生からアントレプレナー教育をやってるけど、あれは“起業の方法”じゃなくて、自己実現のための中核能力を養うみたいな話なんだよね。研究者になってもいいし、農家になってもいいし、何でもいい。自分の人生を自分で動かすための力、っていう方が近い。
──起業家になる方法を学ぶのではなく、主体的に生きていくための力を養う、という観点で、先生が高校生に強く伝えていることは何ですか?
いや、起業することがアントレプレナーシップじゃないので。そもそもアントレプレナー教育のゴールを「起業家になること」と定義してない。フィンランドなんかは小学生からアントレプレナー教育をやってるけど、あれは“起業の方法”じゃなくて、自己実現のための中核能力を養うみたいな話なんだよね。研究者になってもいいし、農家になってもいいし、何でもいい。自分の人生を自分で動かすための力、っていう方が近い。
──起業家になる方法を学ぶのではなく、主体的に生きていくための力を養う、という観点で、先生が高校生に強く伝えていることは何ですか?

目的を設定しない方がいいよね、って話をよくします。目的とか目標設定した途端、そこに縛られていく。自由な発想ができなくなるし、クリエイティビティがなくなる。目標設定をするならAIで十分だから。大事なのは、“人として生きる”ってこと。そこが根幹。
頭だけじゃなくて、身体が動いちゃう感覚とか、なんとなくワクワクするとか、そういう身体感覚を大事にすることだと思いますね。
──「目標を立てなさい」と言われ続けてきた高校生にとっては、衝撃ですね。
驚くよね。でも、目標が悪いわけじゃない。フレームは必要だから。ただ、フレームに入ってることが分からないと、フレームを脱げない。だからまずはフレームの外側があるということを意識して貰えばいい。^_^
──目標や目的といったフレームを外して、本当は何がしたいのかを自由に探求することの重要性を伝えているんですね。
頭だけじゃなくて、身体が動いちゃう感覚とか、なんとなくワクワクするとか、そういう身体感覚を大事にすることだと思いますね。
──「目標を立てなさい」と言われ続けてきた高校生にとっては、衝撃ですね。
驚くよね。でも、目標が悪いわけじゃない。フレームは必要だから。ただ、フレームに入ってることが分からないと、フレームを脱げない。だからまずはフレームの外側があるということを意識して貰えばいい。^_^
──目標や目的といったフレームを外して、本当は何がしたいのかを自由に探求することの重要性を伝えているんですね。

フレームの手前に戻る。
「場」は作るのではなく、出来上がるもの
──先生の話は、いつも「フレームの手前」に戻される感覚があります。思考や世界観そのものが揺さぶられるような…。そもそも、どういうスタンスで対話に入っているんでしょうか?
僕がやってるのは、答えを教えることじゃなくて、プロトコル(手続き)を示しているだけ。「ここは通っておいてね」みたいな、柔道とか茶道の型みたいなもの。
言語化するとフレームになる。安易に“説明”にしてしまうと嘘になるし、単純化したくない。逆に、フレームのない状態でいれば、あらゆるものが情報としてやってくる。だから目標設定も必要ない。今、目の前に起きていることや頭の中に浮かんだことっていうのが、今の自分にとって必要なことなので、それを粛々と捉えて、粛々とやっていってもらえればいい。そういうフレームに囚われないためのプロトコルを示しているつもりかな。
──答えを教わるのではなく、自ら答えを導き出すための問う力を鍛える禅問答のようにも思えますね。
うん。僕はリアルな課題解決に結びつけやすい、“分かりやすい話”はしないようにしているんです。でないと、もっと深いところを探求する人がいなくなる。
僕の仕事は、誰も探求しないような世界だけど、思考や社会の根幹をなしているような話を、見つけること。そこに戻ると、結局マインドセットの話になる。マインドセットが変わらない限り、見える世界は変わらないから。
──たしかに…。先ほどの伊那谷財団の例で言うと、僕は最初、“場”を作ろうとしていたんです。伊那谷財団がもっと戦略的に地域の取り組みに助成していくような戦略会議の場を作ろうと。でも、大室先生は「場なんか作らなくていい!」と、何度もおっしゃいました。
地域のことをやっている人たちってみんな場というものを作ろうとするけど、場って本来は勝手に出来上がっていくものなので。場を作ろうとするから、場にはまっていく。場は最も強固なフレームです。だから、場はできたら、壊すくらいがちょうどいい。
僕がやってるのは、答えを教えることじゃなくて、プロトコル(手続き)を示しているだけ。「ここは通っておいてね」みたいな、柔道とか茶道の型みたいなもの。
言語化するとフレームになる。安易に“説明”にしてしまうと嘘になるし、単純化したくない。逆に、フレームのない状態でいれば、あらゆるものが情報としてやってくる。だから目標設定も必要ない。今、目の前に起きていることや頭の中に浮かんだことっていうのが、今の自分にとって必要なことなので、それを粛々と捉えて、粛々とやっていってもらえればいい。そういうフレームに囚われないためのプロトコルを示しているつもりかな。
──答えを教わるのではなく、自ら答えを導き出すための問う力を鍛える禅問答のようにも思えますね。
うん。僕はリアルな課題解決に結びつけやすい、“分かりやすい話”はしないようにしているんです。でないと、もっと深いところを探求する人がいなくなる。
僕の仕事は、誰も探求しないような世界だけど、思考や社会の根幹をなしているような話を、見つけること。そこに戻ると、結局マインドセットの話になる。マインドセットが変わらない限り、見える世界は変わらないから。
──たしかに…。先ほどの伊那谷財団の例で言うと、僕は最初、“場”を作ろうとしていたんです。伊那谷財団がもっと戦略的に地域の取り組みに助成していくような戦略会議の場を作ろうと。でも、大室先生は「場なんか作らなくていい!」と、何度もおっしゃいました。
地域のことをやっている人たちってみんな場というものを作ろうとするけど、場って本来は勝手に出来上がっていくものなので。場を作ろうとするから、場にはまっていく。場は最も強固なフレームです。だから、場はできたら、壊すくらいがちょうどいい。

──プロジェクトの現場ではとかく「課題→解決策→実装」という一本道に、最初から全員を乗せようとしがちです。けれどその一本道自体がすでに強いフレームだと。だからこそ、課題や目標設定といったフレームに囚われる手前の、「こうしたい」という衝動が一人ひとりの中から自然と生まれてくる余白のような時間を哲学対話を通して醸成しているのかもしれないと思いました。
「半開き」の地域が面白い。
海士町に見る、変容し続けるための境界のデザイン
──一方で、フレームが全くないまま進めていくことも難しいですよね。フレームの手前に立つ感覚と、フレームに囚われずに使いこなす、そのバランスをどう考えれば良いでしょうか?
もちろん、フレームが悪いわけじゃない。具体化するにはフレームが必要。閉じないと具体化しない。どこでやるのか、誰が対象なのか、どの予算を使うのか。決めないと動けないから。
ただ、フレームの中に閉じたままにしておくと固定化する。例えば、長野県の地域活性化策を考えるとき、自ずと「長野県」という場のフレームに囚われる。山梨県は除外される。でも、本当は長野県の活性化は長野県だけではできないかもしれない。山梨県と連携するとか、首都圏とも連携するとか。だから、常に開いていないといけない。常に開きながら、常に閉じるっていう矛盾をどう捕まえるか、という話なんです。
──フレームを当てはめる/外す、地域を閉じる/開くを「どちらか」じゃなくて「同時にやる」ということですか?
そう。その時に大事なのは順番です。まずは手前に戻る。そのフレームは何のためにあるのか、どこを切り落としているのかを確認する。そのうえで、行動のために一度閉じる。でも、その閉じた枠を絶対化しない。必要なら、別のフレームを重ねて揺らす。
一枚の地図で世界を説明しないことです。行政区という地図だけじゃなくて、流域とか、生業とか、関わり方とか。複数の地図を持つ。そうすると、ひとつの枠に固まらない地域は面白い。
──大室先生の中で、具体的に思い浮かぶ事例はありますか?
海士町は象徴的だよね。関係人口の取り組みで有名な島だけど、あそこって最近、町外の人の納税額が町民を超えたんです。関係人口の人たちの動きが町を揺さぶっている。
住んでいない人の方が多いのに、その人たちの力を住民が享受している。じゃあ「住民って何?」ってなる。地域という概念が揺さぶられている。あれは単に「外の人を入れて成功した」という話じゃない。内と外の線が曖昧になる。そこを設計しているから面白い。
──つまり、地域を閉じた箱として扱わない。だからこそ、結果として海士町の活性化にも繋がっていると。
そう。閉じた箱に外を取り込む、じゃなくて、箱の形そのものを更新していく。常に開かれた地域って何なのかを考える。人も企業も地域も固定化することなく変容し続けるから、面白くなっていくんです。
もちろん、フレームが悪いわけじゃない。具体化するにはフレームが必要。閉じないと具体化しない。どこでやるのか、誰が対象なのか、どの予算を使うのか。決めないと動けないから。
ただ、フレームの中に閉じたままにしておくと固定化する。例えば、長野県の地域活性化策を考えるとき、自ずと「長野県」という場のフレームに囚われる。山梨県は除外される。でも、本当は長野県の活性化は長野県だけではできないかもしれない。山梨県と連携するとか、首都圏とも連携するとか。だから、常に開いていないといけない。常に開きながら、常に閉じるっていう矛盾をどう捕まえるか、という話なんです。
──フレームを当てはめる/外す、地域を閉じる/開くを「どちらか」じゃなくて「同時にやる」ということですか?
そう。その時に大事なのは順番です。まずは手前に戻る。そのフレームは何のためにあるのか、どこを切り落としているのかを確認する。そのうえで、行動のために一度閉じる。でも、その閉じた枠を絶対化しない。必要なら、別のフレームを重ねて揺らす。
一枚の地図で世界を説明しないことです。行政区という地図だけじゃなくて、流域とか、生業とか、関わり方とか。複数の地図を持つ。そうすると、ひとつの枠に固まらない地域は面白い。
──大室先生の中で、具体的に思い浮かぶ事例はありますか?
海士町は象徴的だよね。関係人口の取り組みで有名な島だけど、あそこって最近、町外の人の納税額が町民を超えたんです。関係人口の人たちの動きが町を揺さぶっている。
住んでいない人の方が多いのに、その人たちの力を住民が享受している。じゃあ「住民って何?」ってなる。地域という概念が揺さぶられている。あれは単に「外の人を入れて成功した」という話じゃない。内と外の線が曖昧になる。そこを設計しているから面白い。
──つまり、地域を閉じた箱として扱わない。だからこそ、結果として海士町の活性化にも繋がっていると。
そう。閉じた箱に外を取り込む、じゃなくて、箱の形そのものを更新していく。常に開かれた地域って何なのかを考える。人も企業も地域も固定化することなく変容し続けるから、面白くなっていくんです。

KPIで縛る前に「編集者」を置く。
現場は「生む」、行政は「収穫する」という役割分担
──フレームとのちょうどいい付き合い方についてもう少し伺いたいのですが、先生は京都での実践として、「KPIを持たない」運営の話もしていました。企業や行政など組織ほど、評価するためのフレームが求められがちです。KPIを持たない、というのが現実に可能なんでしょうか?
僕が立ち上げに関わらせてもらったSILK(京都ソーシャルイノベーション研究所)にはコーディネーターがいるんですが、彼ら彼女らにはこれといったKPIがない。でも、役所側が勝手にKPIを作ってる。つまり、現場は生むことに集中する。行政が後から“収穫”として数字にする。それでいい。
──動く人が「KPIに合わせて動く」んじゃなくて、動いた結果を行政が整理する。
そう。分けた方がいい。フレームをはめて報告してあげれば満足するなら、フレームをはめるのが上手な人がやればいい。コーディネーターがはめながら動くと、わけが分からなくなるでしょう。
──地域連携の現場で、いちばん消耗するポイントかもしれません。
そうだね。行政の施策って、フレームの上にフレームを重ねがちで、どんどんうまくいかなくなる。民間に委託しても、民間もKPIで儲けるようとするか、KPIで苦しむか、どっちかになりやすい。
だから、結局大事なのは編集者なんだよ。動きを殺さずに、外向けに翻訳する人。そこが機能すると、場は固定化しにくくなる。
僕が立ち上げに関わらせてもらったSILK(京都ソーシャルイノベーション研究所)にはコーディネーターがいるんですが、彼ら彼女らにはこれといったKPIがない。でも、役所側が勝手にKPIを作ってる。つまり、現場は生むことに集中する。行政が後から“収穫”として数字にする。それでいい。
──動く人が「KPIに合わせて動く」んじゃなくて、動いた結果を行政が整理する。
そう。分けた方がいい。フレームをはめて報告してあげれば満足するなら、フレームをはめるのが上手な人がやればいい。コーディネーターがはめながら動くと、わけが分からなくなるでしょう。
──地域連携の現場で、いちばん消耗するポイントかもしれません。
そうだね。行政の施策って、フレームの上にフレームを重ねがちで、どんどんうまくいかなくなる。民間に委託しても、民間もKPIで儲けるようとするか、KPIで苦しむか、どっちかになりやすい。
だから、結局大事なのは編集者なんだよ。動きを殺さずに、外向けに翻訳する人。そこが機能すると、場は固定化しにくくなる。

大室先生が立ち上げから関わっている、SILK(京都ソーシャルイノベーション研究所)のイノベーション・コーディネーターの方々と
「地域のため」ではなく、「誰が楽しそうか」から始める
──最後に、地域側が大室先生に声をかけるとしたら、「どういう人」「どういう相談」が先生はうれしいですか?
地域の再定義を本気で考える人なら、いくらでも手伝いたい。特に、地域の中にいる面白い個人は応援したい。面でまとめようとしても、だいたい変化は生めないから。
好き勝手に楽しそうにしてる人がいると、「なんでそんな楽しそうなの?」って周りが気になり始める。そこから勝手に人が動き出す。結果として町は元気になる。そういう、面白い個人から町が変わっていく事例を僕はいくつも見てきましたよ。
──固定化しがちな地域を、かき混ぜて変化を生み出す面白い個人がいる地域は面白くなっていくんですね。
そうそう。何度も言うけど、場は固定した瞬間に停滞する。まちづくりも同じ。「こういう街にしましょう」とフレームを作った瞬間にうまくいかなくなる。街は作るものではなく、作られるものだから。
──ちなみに、目指してなるものでもないと思いつつ、面白い人には、どうしたらなれるんでしょうか?
ひたすら好奇心を信じて、好奇心に従って生きる人ですね。あとは、その好奇心を追いかける覚悟を持っている人。
──覚悟。
覚悟いるじゃないですか。好奇心を追いかけようと思ったら。会社勤めができなくなるかもしれないし、それでもやるかどうか。
実際に、うちのゼミ生は「やっぱりミュージカルをやりたかったんです」って言い出して、1年間休学してミュージカルのレッスンを受け出した子がいたり、「私、本当は芸能人になりたかったんです」って夢を思い出して、芸能事務所のオーディションに受かった学生もいる。この春から上京して、芸能人活動を始めるみたいですよ。「よし!覚悟を持って行け!」って送り出しましたね。
──元々は就職しようとしていた学生たちの中で何があったんですか?
覚悟が決まったんだろうね。「子どもの頃から思っていたことを、本当にやりたいって心から思えました」って。結果はわからないが、やれるだけやろうと。
好奇心に従うのはしんどい。理屈でいっても絶対できない。体が動くかどうか。それがすべて。そういう人が一人でも増えれば、町も、日本も勝手に元気になる。僕はその人たちを応援したい。それだけです。
地域の再定義を本気で考える人なら、いくらでも手伝いたい。特に、地域の中にいる面白い個人は応援したい。面でまとめようとしても、だいたい変化は生めないから。
好き勝手に楽しそうにしてる人がいると、「なんでそんな楽しそうなの?」って周りが気になり始める。そこから勝手に人が動き出す。結果として町は元気になる。そういう、面白い個人から町が変わっていく事例を僕はいくつも見てきましたよ。
──固定化しがちな地域を、かき混ぜて変化を生み出す面白い個人がいる地域は面白くなっていくんですね。
そうそう。何度も言うけど、場は固定した瞬間に停滞する。まちづくりも同じ。「こういう街にしましょう」とフレームを作った瞬間にうまくいかなくなる。街は作るものではなく、作られるものだから。
──ちなみに、目指してなるものでもないと思いつつ、面白い人には、どうしたらなれるんでしょうか?
ひたすら好奇心を信じて、好奇心に従って生きる人ですね。あとは、その好奇心を追いかける覚悟を持っている人。
──覚悟。
覚悟いるじゃないですか。好奇心を追いかけようと思ったら。会社勤めができなくなるかもしれないし、それでもやるかどうか。
実際に、うちのゼミ生は「やっぱりミュージカルをやりたかったんです」って言い出して、1年間休学してミュージカルのレッスンを受け出した子がいたり、「私、本当は芸能人になりたかったんです」って夢を思い出して、芸能事務所のオーディションに受かった学生もいる。この春から上京して、芸能人活動を始めるみたいですよ。「よし!覚悟を持って行け!」って送り出しましたね。
──元々は就職しようとしていた学生たちの中で何があったんですか?
覚悟が決まったんだろうね。「子どもの頃から思っていたことを、本当にやりたいって心から思えました」って。結果はわからないが、やれるだけやろうと。
好奇心に従うのはしんどい。理屈でいっても絶対できない。体が動くかどうか。それがすべて。そういう人が一人でも増えれば、町も、日本も勝手に元気になる。僕はその人たちを応援したい。それだけです。

編集後記:内なる衝動に従う生き方からはじめるソーシャルイノベーション
「面白い人」とは、「人として生きる人」なのだと、取材をへて、こうやって原稿を書くうちにじわじわと腑に落ちている自分がいます。
面白い人と聞くと、どこかまぶしい感じがしていました。自分とは違う。そういう人にはなれない。そんな心の声が出てきます。けれど、それは選ばれた人でも、特別な人でもなく、ただ素直に自分の中の好奇心や、衝動に従えば、本来誰しもが面白い人なのではないかと、思い始めているのです。
ソーシャルイノベーションとは、既存の社会を形作る枠組みを打ち破り、新たな枠組みを提示しているから革新的なのだと言えます。
社会というフレームを壊す前に、まずは自分自身の枠組みを取っ払い、本来持っていて、今も無意識に押さえ込もうとしている衝動に身を委ねてみる。子供の頃のように、自分にとっての面白さを感受する感性を取り戻し、自由に表現していく。子供の頃と唯一違うのは、衝動に従う覚悟を持つということだけです。
そうやって、人として生きられる地域には、面白い人が次々と集まってくるし、常識に固着することなく、その地域らしく変容し続けられるのでしょう。僕自身も、変わることを恐れず、好奇心に従う覚悟を持って、自分や地域をかき混ぜ続けていきたいという思いを新たにする、そんな取材になりました。
面白い人と聞くと、どこかまぶしい感じがしていました。自分とは違う。そういう人にはなれない。そんな心の声が出てきます。けれど、それは選ばれた人でも、特別な人でもなく、ただ素直に自分の中の好奇心や、衝動に従えば、本来誰しもが面白い人なのではないかと、思い始めているのです。
ソーシャルイノベーションとは、既存の社会を形作る枠組みを打ち破り、新たな枠組みを提示しているから革新的なのだと言えます。
社会というフレームを壊す前に、まずは自分自身の枠組みを取っ払い、本来持っていて、今も無意識に押さえ込もうとしている衝動に身を委ねてみる。子供の頃のように、自分にとっての面白さを感受する感性を取り戻し、自由に表現していく。子供の頃と唯一違うのは、衝動に従う覚悟を持つということだけです。
そうやって、人として生きられる地域には、面白い人が次々と集まってくるし、常識に固着することなく、その地域らしく変容し続けられるのでしょう。僕自身も、変わることを恐れず、好奇心に従う覚悟を持って、自分や地域をかき混ぜ続けていきたいという思いを新たにする、そんな取材になりました。
