教員リレーエッセー第7回『ベトナムの現場から考える―国際マーケティングの世界へ』
【ACECOOKベトナムの即席麺】
皆さんは「ベトナム料理」と聞くと、どの料理を思い浮かべますか。おそらく、多くの方がまず「フォー(Pho)」を連想されるのではないでしょうか。しかし、ベトナムの麺文化はフォーだけではありません。実は、ベトナムは様々な麺料理が日常的に食べられている麺大国です。世界ラーメン協会(2025)の統計によると、ベトナムでは年間81.4億食の麺が消費され、日本(59億食)を上回り世界第4位に位置しています。麺は、ベトナムの生活に深く根付いた食文化であり、こうした市場の大きさは、現地企業や外資企業の戦略にも大きな影響を与えています。
今年9月、私は日本流通学会が主催するベトナム視察の一環で、ベトナム進出30周年を迎えたエースコック・ベトナム(ACECOOK Vietnam)の本社を訪問し、インタビューと工場見学を行いました。日本でもおなじみの企業 ACECOOK が、ベトナムでは驚くほど多様な商品を展開していました。麺の太さやコシ、スープの味、辛さの度合い、パッケージのデザインなど、あらゆる要素がベトナムの消費者の嗜好に合わせて調整されています。現在、同社はベトナムの即席麺市場で約40%のシェアを占めており、その代表的なブランド「Haohao(ハオハオ)」は、2000年代に同国で即席麺業界初のナショナルブランドとして確立されました。
現地でのインタビューから分かった特徴の一つに、ベトナムで特に人気のある味があります。それが、エビをベースに酸味と辛味を加えたトムチュアカイ味です。また、麺については、コシのあるしっかりとした食感が好まれる点が大きな特徴です。さらに、調理した即席麺にオニオンや唐辛子を加えて味わいを深める食べ方が一般的であり、米麺のフォーを使った商品が多い点もベトナムならではの特徴です。
麺類市場の食べ方の形式にも両国の違いが表れています。日本ではカップ麺が市場の約3分の2を占めていますが、ベトナムでは約8割が袋麺です。袋麺は価格が手頃で(1袋30円〜50円程度)、手軽に調理できるため、広く支持されています。このような市場構造の違いは、企業が商品ラインナップを作るうえで非常に重要な要素になります。

写真①:ACECOOKベトナム本社30周年記念

写真②:ACECOOKベトナムの商品ラインナップ

写真③ ACECOOKベトナムの人気商品「Hao Hao(ハオハオ)」と「Hu Tieu Nam Vang(ナムヴァン)」
【イオンモールベトナム1号店】
エースコック・ベトナムの視察を終えた後、私はホーチミン市郊外にあるイオンモールベトナム1号店を訪れました(現在は全国で7店舗展開)。イオンは日本で培ったショッピングモール運営のノウハウを活かし、子供向けアミューズメント施設や日本食の販売など、「日本らしさ」を前面に打ち出した展開を行っています。
店内のイオンのスーパーマーケットを歩いていると、日本でもおなじみのプライベートブランド(PB)「トップバリュ」の商品が数多く並んでおり、ベトナムでも一定の存在感を示していることが分かりました。競合他社との差別化を図るため、日本版「トップバリュ」をそのまま現地に導入しており、食品を中心に幅広いラインナップが展開されています。日本では、お手頃価格のPBとして知られていますが、ベトナムでは輸入関税の影響もあり価格がやや高くなるため、当面は「ちょっと高級な日本の商品」という位置付けです。とはいえ、日本製品は品質に対する信頼が高いことから、特に富裕層に支持されています。売場には、「トップバリュストリート」という特設の売場が設けられ、数百品目に及ぶトップバリュ商品が並んでいます。特に、日本に旅行した経験を持つベトナム人はすでにブランドを認知しているため、まとめ買いをする姿が多く見られました。
しかし、日本とベトナムでは食文化などがかなり異なり、「日本版トップバリュ」をそのまま普及させるには限界も見られます。そこで、イオンは地元メーカーと組み、現地の好みや習慣に合わせた独自の「現地版トップバリュ(ベトナム版PB)」の開発にも力を入れています。2016年には商品開発を担う新会社を設立し、現地の食品メーカーやアパレルメーカーと協力しながら、ベトナムの生活者に合ったオリジナル商品を増やしてきました。2018年には、現地生産による高品質・低価格のトップバリュ商品の展開が本格化し、その品揃えは約3,000品目に達しました。さらに2022年には専任組織を立ち上げ、春巻きなどのベトナムの日常食品もトップバリュブランドとして販売を開始しています。
このように、同じ企業であっても、国によって商品や売場が大きく変わることは、国際マーケティングの最も興味深い点です。その背景には、味覚の違い、所得水準、生活習慣、宗教、都市化といった多様な要因があります。ベトナムでは若い世代が多く、購買意欲に加えて、買い物をレジャーとして楽しむ体験消費が活発です。このため、ショッピングモールはベトナム人の「生活の中心」としての役割を果たしています。

写真④イオンモールベトナム1号店外観

写真⑤イオンモールベトナム1号店の売場

写真⑥イオンのスーパーマーケット

写真⑦イオン「トップバリュ」の売場
国際マーケティングの世界では、国ごとに異なる商品や売場のあり方を、「標準化」と「適応化」という概念で説明できます。標準化戦略とは、製品や広告、流通などを各国で共通の方法で展開する戦略です。統一性が保たれるため、ブランドイメージが伝わりやすく、コスト面でも効率的です。一方で、適応化戦略とは、現地市場特性を理解したうえで、現地の消費文化や制度、商習慣などに合わせて商品や販売方法を変えることです。多くの消費者のニーズに寄り添うため、受け入れられやすいという特徴があります。
ACECOOKはベトナム進出当時から、この適応化戦略を徹底してきました。日本の技術を基盤にしながら、味、麺の食感、価格、パッケージなどをベトナムの生活者に合わせて調整した結果、同国で大きな成功を収めました。イオンモールも同様に、店舗運営の一部は標準化しつつ、売場構成や商品ラインナップは徹底した適応化を行っています。
今回の視察では、日頃授業で扱っている国際マーケティングが、実際の売場や企業の取り組みとして目の前に現れ、学問が持つ生きた姿を改めて感じることができました。教室で学ぶ「標準化」と「適応化」という考え方が、ACECOOKの味づくりやイオンの売り場づくりにどのように表れているのかを確認することで、理論が具体的な形を持って立ち上がる感覚がありました。
国や地域が違えば、生活習慣も価値観も異なります。企業はその違いを丁寧に読み取りながら、どこを共通化し、どこを現地に合わせて変えるのかを、細かく判断しています。学問としての国際マーケティングは、単に海外で商品を販売するための方法論ではなく、世界の人々が何を大切にし、どのように暮らしているのかを理解するための窓でもあります。現地の売場に立つことで、その視点がより鮮明に感じられました。

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【筆者】
楊 樂華 講師
京都大学大学院経済学研究科博士課程修了 博士(経済学)
専門は流通論・国際マーケティング
周南公立大学経済学部を経て現職
【筆者】
楊 樂華 講師
京都大学大学院経済学研究科博士課程修了 博士(経済学)
専門は流通論・国際マーケティング
周南公立大学経済学部を経て現職
【学んだ専門用語】
国際マーケティング、消費文化、標準化、適応化、現地市場特性、プライベートブランド(PB)
【高校生・大学生のためのブックガイド】
マーケティング史研究会(2014)『日本企業のアジア・マーケティング戦略』同文舘出版。
川端 基夫(2017)『消費大陸アジア:巨大市場を読みとく』筑摩書房。
三浦俊彦・丸谷雄一郎・犬飼知徳(2017)『グローバル・マーケティング戦略』有斐閣。
楊 樂華(2025)『日米英仏の小売巨人の挑戦 : 多国籍小売企業のアジア戦略』中央経済社。
国際マーケティング、消費文化、標準化、適応化、現地市場特性、プライベートブランド(PB)
【高校生・大学生のためのブックガイド】
マーケティング史研究会(2014)『日本企業のアジア・マーケティング戦略』同文舘出版。
川端 基夫(2017)『消費大陸アジア:巨大市場を読みとく』筑摩書房。
三浦俊彦・丸谷雄一郎・犬飼知徳(2017)『グローバル・マーケティング戦略』有斐閣。
楊 樂華(2025)『日米英仏の小売巨人の挑戦 : 多国籍小売企業のアジア戦略』中央経済社。
